Share

8-25 翔の追及 1

last update Last Updated: 2025-06-02 19:36:27

14時――

「え? 九条さん……オハイオへ戻ってしまったんですか?!」

ダイニングテーブルに向かって座っている翔にコーヒーを淹れながら朱莉は驚いて顔を上げた。

「ああ、そうなんだよ」

朱莉の部屋を訪れていた翔が頷いた。

午後の3時には朱莉は母の面会に行かなければならない。そこで翔は蓮の面倒を見る為にここにいるのだ。蓮は先ほど昼寝から目覚めたばかりで、今は1人でお座りをしてサークルの中で眠っているネイビーをじっと見つめている。

「でも、どうして……まだ日本にいると思っていたのですけど」

「それが、急用が出来たからと言って突然帰ってしまったんだ。朱莉さんに挨拶が出来なくて申し訳ないと伝えてくれと琢磨に言われたよ」

翔は適当に嘘を並べてしまった。何故なら朱莉に琢磨が急に帰国を決めた本当の理由を明かす訳にはいかないからだ。

(本当のことを言えば後で琢磨に何をされるか分かったもんじゃないからな……)

「そうだったんですか。残念です。きちんとお別れを言いたかったのですけど」

朱莉は寂しそうに言った。その様子があまりにも落胆しているので、翔は少しだけ嫉妬してしまった。

(何だ……? 琢磨め……随分朱莉さんに慕われているじゃないか)

「どうぞ、翔さん」

コトリとコーヒーをテーブルに置かれ、翔は笑みを浮かべながら礼を述べた。

「ありがとう、朱莉さん」

朱莉は翔の向かい側に座ると尋ねてきた。

「どうでしたか? 2次会は」

「ああ。最初は琢磨と2人でウィスキーを飲んでいたんだ。そうしたら話している途中で琢磨の奴が眠ってしまったんだ」

「え? あの九条さんが?」

(あの九条……。一体、朱莉さんにとって琢磨はどういうふうに映っているんだ?)

翔は気になり、尋ねてみた。

「朱莉さんにとって琢磨はどんな存在なんだい?」

「え? どんなって……?」

朱莉は困ってしまった。いきなりどんな存在かと尋ねられてもうまく答えようがない。

「え~と……そうですね。親切で優しくて……仕事が出来て頼りになる存在……でしょうか?」

朱莉は考えながらも何とか答えた。

「頼りになる……か。それは琢磨が秘書をしていた時色々朱莉さんを手助けしてくてたからなのかい?」

「ええ、そうですね」

頷く朱莉に翔は少しだけホッとした。どうやら朱莉の反応を見る限り、異性として好意を抱いているようには見えなかったからだ。

(なら……修也
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-6 母の日 2

    朱莉の母、洋子は5Fの病棟に入院している。本日は母の日のイベントを病院側が主催してくれるということなので、いつもはパジャマを着ている洋子も本日だけは洋服を着ていた。談話室でお祝いをすることになっており、15時に看護師が車いすを持って部屋まで迎えに来てくれるので、それまで洋子は朱莉が買って来てくれた小説を読みながら呼ばれるのを待っていた。——コンコンその時、部屋のドアがノックされて朱莉が顔を覗かせた。「お母さん、きたよ」「いらっしゃい。朱莉」母は笑顔で朱莉を迎えた。いつもはパジャマ姿の洋子も今日は薄いサーモンピンク色の品の良いニットの上下のツーピースを着ている。これは以前に朱莉が母の為に購入した洋服である。「うわあ……お母さん、その洋服着てくれたんだね?」朱莉は笑顔で病室にある椅子を母のベッドの側へ寄せて座った。「ええ。初めて着るのだけど、どうかしら……?」洋子は少し恥ずかしそうに尋ねた。「素敵、とってもよく似合っているよ。久しぶりだな。お母さんがパジャマ以外の服を着ている姿を見るのは」「ええ私も久しぶりだわ。でも不思議なものね。パジャマを着ていないせいかしら? いつもより体調が良い気がするのよ」それを聞いた朱莉は、母の顔をまじまじと見た。「うん、そう言えばいつもより何だか元気に見える気がするよ?」「フフ……それなら普段からパジャマ以外に服もこれからは着ていた方が良いかもね?」「あ、そう言えばお母さん。今日ね、翔さんがお母さんに渡してくださいって母の日のプレゼントを用意してくれていたんだよ?」朱莉は母のベッドの上に紙バックを置いた。「まあ……翔さんが?」結婚して2年が経過するけれども、今迄一度も翔から贈り物をもらったことが無かった洋子は驚き、そして思った。(こんな風に私にまでプレゼンをしてくれるようになったっていうことは、ひょっとすると朱莉のことを今は大切に思ってくれているのかしら?)洋子は朱莉の顔をチラリと見ると、そこには以前のような陰りの表情は無かった。明るく、生き生きと輝いて見える。しかし、朱莉のその輝きが翔ではなく、蓮のお陰だと言うことを洋子は知らない。なぜなら朱莉が翔の子供を育てている事実を洋子は一切聞かされていないからだ。「お母さん、翔さんからの贈り物開けて見てもい? 私も実はまだ見てなくて」「ええ、そうね

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-5 母の日 1

     母の日の日曜日――翔が紙バックを持って朱莉のマンションを訪れた。「朱莉さん、これ……お義母さんに渡してくれないかな?」翔は少し照れながら朱莉に紙バックを手渡した。「え? これは何ですか?」「これは俺が選んだ母の日のプレゼントなんだけど、ストールだよ。オーガニックコットンで手触りもいいし、これならすぐに羽織ることが出来ると思ってね」翔は照れながら朱莉に説明した。実際は選んだのは修也だったのだが何故か朱莉にはその話をしたくはなかったのだ。「ありがとうございます! まさか翔さんから母のプレゼンを頂けるなんて……きっと母は喜びます」朱莉は満面の笑みを浮かべた。「朱莉さん……」(驚いたな…まさか、ここまで喜んでくれるなんて。やはりそれほど朱莉さんにとってお母さんは、かけがえのない大切な人だってことなんだろうな。なのに俺は……)翔は以前朱莉の母が外泊届を貰って、朱莉の部屋へやって来た時のことを思い出していた。あの時、翔は朱莉親子を置いて明日香の元へ行ってしまった。そしてその直後に朱莉の母は具合が悪化してしまい、救急車で運ばれる事態となった。その事実を後日京極から聞かされて――(俺は……今更だが本当に最低な人間だ……)「どうしましたか? 翔さん」不意に朱莉は翔の表情が曇ったのを不思議に思い、首を傾げて翔を見上げた。その様子があまりにも可愛らしく、翔は思わず自分の顔が赤面してしまうのが分かった。「え? ど、どうしたんですか? 顔が真っ赤ですよ? もしかして熱でもあるんですか!?」「い、いや! 本当に何でもない。大丈夫だからお母さんの所へ行ってあげるといいよ」「はい。分かりました。それではレンちゃんをお願いします」朱莉は蓮を翔に預けると、出掛ける準備を始めた。****「それでは翔さん、母のお見舞いに行ってきますね」外出着に着替えた朱莉は翔が渡してきた紙バックを持った。「ああ、行ってらっしゃい。所で朱莉さんは何かプレゼントするのかい?」「はい、実はもう母の入院している病院の住所に届けてあるんです」「へえ~何を届けたんだい?」「フルーツの盛り合わせにしたんです。今日は看護師さん達もお祝いしてくれるそうなので皆で頂けるかと思って」朱莉は笑顔で答える。「そうか。なら楽しんでおいで。多少遅くなっても俺の方は全然構わないから」「すみませ

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-4 修也の過去 2

     月日は流れ、彼らは高校3年生になっていた。修也は必死で独学でホルンの練習をし、いつしかその腕前は翔の実力を上回っていた。「修也、俺達ももう3年生だ。1学期が終われば3年は引退だ。今までご苦労だったな」ある日、いつものように翔の部屋へ呼び出された修也は珍しく労いの言葉を貰った。「そうなんだね。それじゃあ、僕の役目ももう終わりだね」やっと月に数回の部活動の代理参加が終われる……そう思うと自然に修也の顔に笑顔が浮かんだ。「だから最後に、お前にやってもらいたいことがある」「え……? 何?」「実は6月に吹奏楽部のコンテストが開かれるんだ。そこで問題が起きた。今年入部した1年の女子で俺と同じホルンの演奏をしているのだが、なかなか上達しなくて足を引っ張られて困っているんだ。それで土日に俺が練習に付き合うことにしたんだよ」「へえ~翔、なかなかいいところがあるね」すると次に翔がとんでもないことを提案してきた。「だから修也。お前が代わりに付き合ってやれ」「ええ!? な、何故僕が!?」「何の為にお前にホルンの練習をするように言ったと思う?」翔がジロリと修也を睨み付けた。「翔……」「俺は自分の周囲の評価を上げておかなくてはならないんだ。言ってる意味……分かるよな?」もうここまで言われれば、修也は逆らえない。「分ったよ。それで僕が一緒に練習をする相手は誰なの?」「え……と……確か須藤っていう地味な女子だったかな? とにかく、今週の土曜日10時に音楽室の前に立って待っていろ。須藤って女生徒が現れるから」翔はそれだけ言うと、後は修也に背をむけて英語の勉強を始めた。まるでその姿は用事が済んだならさっさと帰れと言わんばかりの態度に見えた。「翔、安心して。僕は立派に翔になりきって、その子の練習に付き合うよ。それじゃあ僕は帰るね」修也はそれだけ言うと、翔の家を後にしたのだった。**** そして土曜日——修也は翔の学生服を着て、音楽室の前で楽譜を見ながら待っていると、不意に声をかけられた。「すみません、お待たせいたしました」見下ろすとそこには眼鏡をかけ、髪を三つ編みにした女子生徒が立っていた。「本日はお忙しいところ、練習に付き合っていただくなんて本当に有難うございます」少女はぺこりと頭を下げて、次に修也をじっと見つめた。黒ぶち眼鏡の奥には大きな

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-3 修也の過去 1

     幼い頃から翔と修也は時々互いに入れ替わって生活することがあった。それは単に子供の遊びのようなものだった。誰一人、2人が入れ替わっていることに気が付かず、そのことが翔と修也にとっては楽しくて仕方がなかった。特に修也は翔の真似がうまく、明日香や琢磨にすら気付かれることは無かった。しかし、翔は徐々に性格が変わっていった。きっかけは翔が鳴海グループ総合商社の時期跡取りに内定してからのことだった。周りの大人たちが翔を特別扱いするようになり、徐々に翔は天狗になっていったのだった……。  修也と翔は違う高校に通っていた。本来なら修也も翔と同じ私立高校に通うつもりだったのだが、翔がそれを拒否した。そこで都内でも有数の名門都立高校に修也は通うことにしたのだった。高校に入学すると、翔はどんどん性格が変わっていった。人を思いやる心が少しずつ欠落していき、修也のことを見下し、家に呼び出してはあごでこき使うようになっていったのだった。高校に入学して一月が経過した頃――平日の夕方。いつものように修也は翔から呼び出されていた。「何? 翔。僕に話って?」翔の部屋に行くと、そこには見慣れない楽器が置かれていた。不思議に思い、見つめていると翔が声をかけてきた。「これはホルンって楽器なんだ。どう思う? 修也」翔は得意げにホルンを撫でた。「どう思うって言われても……。もしかしてホルンを習うことにしたの?」今まで翔は楽器とは無縁の生活をしていた。音楽や歌を聞くことはあったのだが、楽器は手に持ったことすらないのを修也は良く知っている。「いや、習うんじゃない。俺は吹奏楽部に入部したんだ。それでホルンを担当することになった」「へえ~そうなんだ」(だけど、どうして僕にその話をするんだろう…?)すると翔が口元にニヤリと笑みを浮かべた。「へえ~じゃない、修也。お前もやるんだよ」「やるって……何を?」「ホルンに決まっているだろう?」「ええっ!? そ、そんな無茶だよ!」修也は慌てて首を振ったが、翔はそれを許さない。「駄目だ、修也。俺はこれから鳴海グループの後継者になる為の勉強もしなくてはならないんだ。部活動を休まなくてはならない時もある。だが、俺は完璧な人間を目指さなくてはならないからな。家でも高校でも同じことだ」「翔……」「俺が部活動にどうしても参加出来ない場合…

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-2 母の日のプレゼントは? 2

     それは昨夜の出来事だった。朱莉が病院の面会から帰って来ると、翔に頼みごとをしてきたのだ。「翔さん。来週の日曜日ですけど、母の日なので少し長い時間面会に行っても大丈夫でしょうか?」「え? 母の日?」丁度その時、翔は蓮に離乳食を食べさせている処だった。「はい、そうなんです。病院の方でもお祝いしてくれるそうなので」「あ……そうか。母の日があったのか……」翔には母親がいない。だからすっかりその事を今まで失念していたのだ。(いや。失念じゃすまされないぞ。朱莉さんと契約婚を交わして2年が過ぎたって言うのに、俺は今まで一度も朱莉さんのお母さんにプレゼントを渡したことも無ければたった1度しか会ったことがないんだからな……)改めて自分は何て最低な男なのだろうと思った。これでは今更朱莉の愛情を求めたとしても相手にされなくても当然だろう。なら、まずは朱莉の母親から好印象を持ってもらえるように演じればひょっとすると朱莉もその姿を見て、自分に好意を持ってくれるようになるのではないかと翔は考えたのだ。しかし、中高年の……しかも入院している女性に対して、どんな送り物をすればよいのか翔には皆目見当がつかなかった。朱莉に尋ねれば、贈り物はしなくても良いと断られるのは目に見えていた。そこで思いついたのが修也であった。母親思いの修也なら、恐らく毎年母の日にプレゼントを贈っているに違いない、なにか良いアドバイスを貰えるのではないだろうかと言う考えに至ったのだ。****「うん。いいよ。それじゃ昼休みになったら一緒にどんな贈り物が良いか考えよう」修也は笑顔で返事をした————昼休みオフィスでは翔と修也がランチを食べていた。「へえ~最近はキッチンカーではハンバーガーも売るようになったのか……」翔はボックスに入ったダブルチーズハンバーガーを見つめた。「うん、たまたまビルの外に出たら止まっていたんだよ。丁度お客さんも数人しか並んでいなかったからね。普通のチェーン店のハンバーガー屋とはまた違った美味しさがあるね。中のパテもすごく肉厚でジューシーだし」修也はおいしそうにハンバーガーを食べている。「そうだな、中にはさんであるトマトも厚みがあるし……今度の休日にでも自分でハンバーガーを作ってみるのもいいかもしれないな」「翔は昔から料理が得意だったからね」「そういう修也

  • 偽りの結婚生活~私と彼の6年間の軌跡 偽装結婚の男性は私の初恋の人でした   9-1 母の日のプレゼントは? 1

     週明けの月曜日――翔がオフィスに入って来ると、すでに修也がデスクに座り、業務を行いながら笑顔で挨拶してきた。「おはよう、翔」「…」翔は恨めしそうな視線をチラリと修也に向けるとドサリと椅子に座った。PCの電源を入れ、気難しそうな顔で画面が起動するのを睨み付けている。「……?」そんな様子の翔を修也は不思議そうに見つめていたが、やがて席を立つと両手に2人分のコーヒーが入った紙コップを手に戻って来ると翔のデスクの上に置いた。「はい、翔。確か朝はブレンドコーヒーのブラックが良かったんだよね?」「……」翔は顔を上げて少しの間無言で修也を見つめていたが、やがて口を開いた。「ありがとう」「どういたしまして」修也はニッコリ笑うと、自分の分のコーヒーを手にデスクへ戻るとキーボードを叩き始めた。「……」そんな様子の修也を翔は黙って見つめている。「……ねえ、翔。何か言いたいことでもあるの?」修也は先ほどから翔が無言で自分の方を見つめているのが気になって仕方が無かった。「いや……別に」翔はふてくされたように返事をすると、修也が淹れてくれたコーヒーを口にした。 しばらくの間、2人は無言で互いの仕事をしていたが、修也が声をかけてきた。「ねえ、翔。取引先の会長や社長達に送るお中元の件だけど……そろそろ何を贈るか決めておかないと」「……」しかし翔は返事をしない。「翔? 聞いてる?」「……」翔はぼんやりしたままPCを見つめている。「翔、どうしたんだい?」修也はとうとう立ち上がると、翔のデスクへ向かいPC画面を見て唖然とした。「翔……何見てるんだい? まさか、これをお中元に考えているつもり?」翔が開いていたのは様々なブランドのひざ掛けの商品が掲載されているHPであった。「え……? ば、馬鹿言うな! そ、そんなはずは無いだろうっ?!」翔は慌てて言うと、別のHPの画面を開いて修也に見せた。そこには翔があらかじめ作成したリスト画面が表示されていた。「いいか、修也。これは取引先の代表取締役が好む傾向のお中元をリストにまとめたものだ。例えば、この紡績会社の会長は日本酒……特に新潟産の清酒を好んでいるから、最高級の清酒を探してくれ。そしてここの外資系企業の会長はグルメ志向で特に牛肉に目が無い。松坂牛がお勧めだ……」翔は長いリストを読み上げながら修

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status